新人マネージャー奮闘記

新人マネージャーがあくせくしています。

地域の食文化の生存可能性

日本の各地域の食文化は、今後も継承・創造されるのか。

 

各地域の食文化は、基本的に合理的な背景があって生まれたものが多い。

基本的にみんな美味しいもの・栄養があるものを食べたい。

例えば、米が育つづらい土地では、そばなどの米に変わるソリューションが発達する。

(みんな白米が食べたいのだ)

 

土地ごとに制約条件が異なるため、その中での最適解がその土地の食文化とも言えるかもしれない。

逆に言えば、そばの文化が発達した

 

合理的に生まれたものは、環境の変化に弱い。

米がなくて生まれた文化は米が足りた状態になると存在意義を失う。

ダーウィンの進化論的に考えると、今までの環境に最適化した食文化が必ずしも21世紀も生き残れるわけではないということだ。

 

現在の食文化の生存戦略は観光である。

そうすると観光に向いてる食文化のみが残されて、家庭で消費されてきた食文化は失うのではないか。

 

世の中の物流コストは、限りなく小さくなっている。

その結果、スーパーで買える食材は日本のどこにいってもそこまで変わらない。

食材の調達条件が変わらないなら、クックパッドやYouTuberがおすすめするレシピを作るのが普通だ。

 

そうすると、もうわれわれの社会には、地域に根ざした食文化は維持できないし、生まれないのか。

すでに多くの食文化が博物館行くになっているんだろう。

 

これからの食文化は、街おこしを目的として作られた食文化になるだろう。

(すでにB級グルメなどは作られた食文化が多い)

それに良いも悪いもないが、食文化がナラティブなものだった時代は失われていくのだろう。

文字を書く癒し

お題「わたしの癒やし」

 

私の癒しは、コーヒーの香り、ハイネケン、そして文字を書くこと。

 

書くことは何でも良い。

グチだったり、読んだ本のことでも良い。

そういった内容を思いつくままにタイピングする。

 

昔、コンビニ店長がワープロにひたすら文書を書いていたという話をしていた気がする。

その時は誰に見せるわけでもない文書を書くなんて物好きだなと思っていたけど、今ならその気持ちがわかる(少なくても一人で酔っ払うよりも健康的!)

 

最近、ジャーナリングという言葉を知った。

文字を書くことで瞑想するらしい。

これ俺やっているやつだという気持ちと文章を書き終えた後のスッキリした気持ちの神秘感が薄まってしまったなという気持ちの半々である。

 

文字を書くことで瞑想できるなら、世の中にこれだけ言葉があることも、昔の人がたくさん詩を作ってきたのも理解できる。

 

文字を書くということは、動物的な本能を人間的な知性に変換する作業と言えるかもしれない。知らんけど。

 

喋っていても気づかないことが文字にすると気づく。

話している時は魔法のように見えたことも文字にするとなんでもないことだったりする。

キツく締めすぎたピントを、ふっと緩めてくれる。

 

そう考えると日記は合理的な仕組みだ。

そうじゃなければ貴重な紙を誰にも見せること文章を書くことに使うなんてどうかしてる。

あるいは手紙もコミュニケーション以上に瞑想的な意味合いがあったのかもしれない。

 

そうしたテキストの文化は20世紀の終わりから00年代にピークを迎えて、今は下り坂だ。

だけど、現状のclubhouseは、SNSの天下は取れないと書いて終わり。

(なぜならラジオよりも雑誌・新聞の売上が大きくて、TVはそれよりも大きい。電話する文化はメールやLINEに切り替わった。音声<テキスト<動画の構造は崩れないのでは)

 

 

 

なぜ戦略がないのか

アメリカの企業は、戦略がちゃんとしていて日本企業は戦略がないと思ってる人は多いのではないでしょうか。

 

戦略の不在は人材に育成から働き方まで大きく影響を与えています。

 

ではなぜ日本の企業は戦略がないと思われるんでしょうか。

 

そもそも戦略とは何でしょうか。

ビジネスにおいて戦略とは長期的利益の最大化だと私は考えています。

 

1.どのマーケットを選ぶか

2.マーケットシェアをどう得るか

3.マーケットシェアをどう維持・成長させるか。

 

1はファイブフォース分析やブルーオーシャン戦略

2は差別化戦略ランチェスター戦略

3はブランディング、プラットホーム戦略

のイメージですね。

 

日本企業は既存のマーケットにおいて1から3すべてうまくいってます。

負けたのは新しいマーケットかゲームチェンジャーが生まれたマーケットです。

 

つまり日本企業のほとんどは昭和の時代にできた戦略を効率的に実行することで利益を得ています。

 

なので大きく成長しようと考えない限り日本企業にとって戦略は新しく作る必要はありません。

 

そのため、一部を除き大手日本企業では戦略にたけた人材の育成は難しいと考えられます。

(たぶんほとんどの会社は、自分の部門の利益率を知らない)

 

そう考えると戦略的な機能はスタートアップに求められますが、スタートアップに終身雇用は維持できないので、安定した雇用からは遠ざかります。

(大量取りたくない、正社員増やしたくない)

 

そう考えると正社員による安定的な仕事は日本全体が大きく成長しているときのみに成り立つもので(

人材が常に足りないのでリストラが必要ない)、これからの時代は政府のセーフティネットがないと経済成長ができないというのが、今日の思考実験の結果です。

 

 

 

大阪都構想を調べる

大阪都構想について。 別に関係のない自治体なので、賛成も反対もありませんが、 いつくかyoutubeを見て論点が少しずれてそうな気がしたので整理しました。

重要なので再度繰り返すと賛成も反対もありません。 関係のない自治体なのでただの野次馬です。

そもそも大阪府都構想とはwikipediaによると

大阪都構想(おおさかとこうそう)は、大阪で検討されている統治機構改革の構想。大阪府大阪市(または大阪市を含む周辺市町村)の統治機構(行政制度)を、現在の東京都が採用している「都区制度」というものに変更するという構想である[注釈 1]。 特に、

大阪市を廃止し、 複数の「特別区」に分割すると同時に、 それまで大阪市が所持していた財源・行政権のうち広域的な役割を果たすための事業に充当するものを大阪府に譲渡し、 残された財源・行政権を複数の「特別区」に分割する、 ということが記載された「特別区設置協定書」[1]に沿った統治機構(行政制度)改革を大阪都構想と呼ぶことが一般的に多い。

と書いていますけど、目的がよくわからないんですよね。

よく二重行政についての議論もありますけど、
そうするとコストカットの議論になって、議論が小さくなりがち。

いろいろ調べていると、
要は意思決定をすばやくできるようにしたいということなんじゃないかと思います。

大阪市のサイトにも書いていますけど、
意思決定が早くすることは、課題が多いの世の中なのである程度共感できる。

https://www.city.osaka.lg.jp/fukushutosuishin/page/0000492418.html#1

それで意思決定が遅くなる要素が二重行政なんですけど、
広域行政が二重になっていることが問題なんですよね。

なんでかというと、大阪市がパワーがありすぎるから。

本来、各市町村は広域行政に直接関わらない(関われない)けど、
大阪市はパワーが多いので広域行政に関わることができて結果二重行政になっている、
ということなんじゃないでしょうか。

なので、大阪都構想では大阪をいくつかの区に分解します。

これで大阪府が広域行政の明確な責任者になり、
広域行政については大阪府の判断で実行できます。

一方で、大阪市自体も複数の区に分かれることができるので、
それぞれの区で独自に施策など行うことができます。

大阪市、人口300万人近くいるからね。
関係者が多いから何をやるにも調整に時間がかかりそうです。

これは、スタートアップが大きくなると意思決定が遅くなるので、
ホールディングス制にして分社化にするのに似ていますね。

ステークホルダーが減れば意思決定から実行までスピーディに行えますから。

まぁ当然デメリットもあるので、どっちがいいかは好みじゃないでしょうか。

なので、スピードアップを論点に話してもらえば、
すごいわかりやすいと思うんですけど、
なんで二重行政の話になるんでしょうか?

ここがすごいミスリードが気がします。

デジタル庁の平井大臣が
「スタートアップ企業を立ち上げるような感覚で仕事をしなければいけない」
と言っているのと比べると広報に問題がある気がしますね。

iPhoneとスクロール

iPhoneが発売されて13年。

僕が初めて買ったiPhone4の発売からも10年経ちました。

 

10年間経ってiPhoneの一番偉大な発明は何かと考えると慣性スクロールだったんじゃないかと思うわけです。

 

当時はキーボードがないこと自体が驚きでしたが、タッチパネルで文字を入力すること自体はATMで昔からありました。

 

マルチタッチもすごい技術ですが、スマホに関してはゲームをしないとあまり使わないと思います。

 

じゃあみんなが何をもっとも使っているかとスクロールで、ホーム画面での横スクロールやブラウザなどの縦スクロールですね。

 

昔のタッチパネルのスクロールって、画面に表示された下ボタンをタップするものだったり、早くスワイプの速度とスクロールが連動しなかったんですよね。

 

この辺iPhoneはめっちゃくちゃうまく作られていて、慣性スクロールでさくさくページめくれるし、バウンススクロール(ボヨンと跳ね返るやつ)で最後までスクロールしたことが初めての人でもわかるし。

 

タッチパネルで大量の情報を扱えるようになったのは、このスクロールの技術のお陰だと思うんですよね。

AppStoreも偉大な発明ですけど(これはセールスフォースが先かもしれないけど)、iPhoneの完成度が高いからAppStoreが成り立ったわけで。

 

最終的にはiPhoneのスクロールはMacトラックパッドにも使われて、PCの操作性を変えたんですよね。

昔のトラックパッドのスクロールは、上から下にスワイプでしたから。

下から上へのスワイプってPCからじゃでない発想ですよね。

 

そう考えるとスクロールのイノベーションが凄まじい。。

そんなわけでスクロールに感謝して寝ます。

 

読書感想文で感想を書いた記憶はない

今週のお題「読書感想文」

 

この年まで生きてきたのだからいくつか読書感想文は書いてきたはずですが、
なにか書いたか、まったくといっていいほど思い出せません。

 

覚えているのは小学校の図書室に本を借りにいったこと。

 

学校の端にあったその図書室は今考えると決して大きいとは言えませんが、

日当たりがよく過ごしやすかったのは覚えています。

 

夏休み前にみんなで図書室に行き、端から端までをいったり来たりしながら、お気に入りの本を探しました。

 

選んだ本は3冊で1冊目は友達が面白いと言っていたシリーズから1冊。

もう1冊は先生が勧めた郷土史もの(その本を借りると先生から褒められた)。

3冊目は自分と同じぐらいの少年が夏休みの冒険に出る青春物。

 

結局夏休み中に読んだのは最後の青春物だけでした。

その3冊目も途中の中だるみの箇所は飛ばして読みました。

(その後大人になってから読み替えたらその箇所は中だるみではなかった!)

 

読書感想文は唯一読んだ3冊目について書きましたが、書いた内容を思い出せないということはあらすじをまとめて文字数を稼いだんだと思います。

まぁ大人になった今、感想を書けと言われても結局あらすじを書くことに終始しますが。

 

決して国語は苦手ではなかったのですが、感想というと面白かったとか、そんなことしか書けないし、面白かった理由を書こうとするとどこか分析的になってしまうし。

僕が窓をぼんやり眺めて給食について考えている間に、感想文の書き方を説明していたのかもしれません。

 

とはいえ、夏休みの間に1冊の本を読んだということは僕の中のできたことリストにちゃんと入っています(ホントは80%ぐらいしか読んでいないけど。。)

 

 

 

ターゲットディスプレイモードでミスる

昔のiMacだけが使えるターゲットディスプレイモードというiMacを外部ディスプレイとして使う機能があります。 この機能を使うとMacBookのセカンドディスプレイとしてiMacとして使うことができます。

たまたま古いiMacが余っていたので使うと思って躓いた点

thunderbolt 2で接続しないとNG

thunderbolt 2 → HDMIでつないでミスりました。 thunderbolt 2 → thunderbolt 2に変えたらちゃんと動きました。 接続してからちゃんと動くまで少し時間がかかったのでドライバーのインストールとかしているのかも。

Apple純正のthunderbolt 2は0.5mと2mしかない 0.5mは使えるんですけど余裕がないので、理想は1mなんですけど。。。 1mはApple純正がない! 仕方がないのでサードパーティを買う。

Fn押すべきか、押さないべきか

ディスプレイの切り替えはCmd + F2なんですけど、 通常F2はディスプレイの明かりをコントロールするコマンドなので、 Fnを押すさないとだめだと思っていたら押さなくても大丈夫でした。 どっちが正解はわからないけど。。。

ちなみに純正のキーボードじゃないとだめらしいです。

macbookiMacを縦に並べたかったのでこの台買いました。